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崔川佳世 /父の死と今の自分

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平成18年度 第29回中学生の部 最優秀賞

近畿地区代表
和歌山 弘武館剣道少年団

 「ありがとうございました。」練習が終わり帰宅し、父の仏壇の前で一日の報告をする。父が笑っているように見える。
  2005年6月5日この日父は50歳という若さでこの世を去った。私が2歳の時父は脳内出血で倒れ右手右足の自由を失いました。それでもリハビリをして家族の為に懸命に働き、出来る範囲のスポーツをし、左手一本でゴルフを楽しむものすごく頑張り屋な人でした。それと共に私の良き剣道の理解者でもありました。父は私の為に、剣道の練習場を作ったり、休みの日は少しでもいいから竹刀をさわっておけとたくさんのアドバイスや道具を作ってくれました。私も剣道でうまくいかない事で悩みが あれば父に相談していて頼れる存在でした。そんな父が体調をくずしたのは去年の9月。病名は「心不全」。私はこの時「又すぐ治るから大丈夫やろ。」と、余裕を持っていました。しかし、病状は悪くなるばかりで父はやせ細り今年6月、静かに息をひきとりました。最初の内は何が何だか分からずただ冷たくなった父を見ているだけでした。今にも起きてきそうでもう死んでしまっているとは思えませんでした。父がお骨になって家に帰ってきた時、私は「何であんな大きな体やったのに、こんなに小さくなってしまったんよ。たった一回の病気だったのに…。」父の笑顔を見る事が出来なくなった事がすごくすごく悔しかったです。今でもまだ時々ではありますが父の事を思い出し涙を流す事があります。
  父の死後、長女として母を助け、家族を支えなければならないと分かってはいましたが体が動かずだらだらした生活をしていました。夜は父が夢の中に出てきて夜中に目がさめ寝不足が続きました。何度も何度も「父の所へ行けたら。」と思いました。その時の私は、悩みつかれ、何をすればいいのか が分からず母や家族の見ていない所で泣いていました。悲しさと辛さで、授業にも出る事が出来ず、そのせいで先生達にもおかしな目で見られ、クラスの友達も私がふさぎこんでいた為、誰も私に近付 かず私と友達との間で距離ができました。剣道も休みがちになり、悩みを打ち明ける人がいなかった 私はその時初めて孤独を味わいました。辛く苦しく闇の中に一人で立っているようでした。
  そんな時、母が私の様子がおかしい事に気付き、道場の若先生に相談していました。母に「一回若先生に話をきいてもらっといで。ちゃんと思ってる事話してきたら。」と説得され、私はその日の練習 に顔を出しました。
  練習が終わり、私は若先生と話しました。友達と距離ができた、授業に集中できなくてすぐトイレ に行きたくなる、クラブの先生ともめた事等を話し、聞いてもらいました。若先生は一つ一つに答えを出してくれました。何かがふっきれた私は話を聞きながら泣いていました。
  「どれだけ自分が辛くてもその事から逃げたらいかん。乗り越えないかんぞ。」
 若先生がおっしゃったこの言葉は私の心に突きささりました。私はこの言葉を心の支えにしています。この言葉が私を前向きにするきっかけだったのだと思います。人に感謝しなければならないとい う事を改めて実感しました。
  今私は少しずつではありますが、立ち直りつつあります。授業にも集中できるようになり友達とも積極的に付き合い、何より前より前向きになっていると思います。心の底から笑う事ができるように なりました。
  私は剣道を習ってよかったと思っています。もし剣道を習っていなくて同じ状況になっていたらきっと私は立ち直れなかったと思います。それと同時に素晴らしい仲間にも恵まれました。それも全て剣道を始めたからできた事です。剣道の素晴らしさを改めて感じました。
  亡き父に感謝し、母の事を支え、父の思いを胸に、私自身剣道で心身を鍛え、不屈の精神を養い文武両道で頑張っていきたいと思います。